LOGINカイトを引き連れてエルヴァが向かったのは、王宮の左翼に当たる棟の最奥に位置する地下への入り口だった。
地下への入り口に立っていた守衛の男から、灯されたランタンを受け取って地下へと続く階段を下りるエルヴァに、カイトは無言で付き従った。 地下には一つだけ扉があり、エルヴァは真っ黒な鉄で補強された異様に頑丈そうな扉をあっさり開けると、振り返ってカイトに声をかけた。「ここは禁書庫だよ」
ランタンを軽く掲げたエルヴァは苦笑いを浮かべていた。
「僕は暗いところが苦手でね。さっさと済ますとしよう」
「あ、はい。禁書庫、ですか……」禁書庫という響きに微かな興奮を覚えたカイトは、ランタンの灯りだけを頼りに禁書庫だという狭い空間に目を凝らした。
狭く空気の籠もった禁書庫の中には、これも必要以上に頑丈な造りが見て取れる大振りな四架の書架だけが整然と並んでいる。 迷いのない挙動で奥の書架に近付いたエルヴァは、「とりあえず一冊でいいかな」
とカイトが聞き取れる程度の声で言いながら一冊の書物を手に取った。
「え? 持ち出すんですか? 禁書、なんですよね?」
カイトは驚きを疑問に含めたが、それに答えるエルヴァの口調はいたって軽いものだった。
「ああ、問題ないよ、僕は自由に使っていいってことになってるから」
エルヴァは「はい、これ」と気楽な調子で、分厚い革表紙の禁書をカイトに手渡した。
ざらりとした手触りの革表紙が妙にひんやりとしているのを感じながら、カイトが手渡された禁書を胸に抱える。「よし、出よう。暗くて狭い場所は僕のテリトリーじゃない」
嫌気を滲ませてツカツカと禁書庫を出るエルヴァの後に続き、カイトも禁書庫を出て足下の暗い階段を上った。
禁書庫を後にした二人は、王宮の左翼に当たる同じ棟の中央付近に位置する部屋へ移動した。 中庭に面した部屋の窓のサイズが、地球の十九世紀末とほぼ同程度だという時代には有り得ないほど大型で、その採光によって白を基調とした部屋は禁書庫と対極にあるように明るかった。「僕の執務室ってことになってる。まあ、ほとんど使ってないけどね。あ、本はそこに置いて」
エルヴァが部屋の中央に置かれた天板が分厚い机を指差したので、カイトは言われたとおりに禁書を机の上に置いた。
「さて、早速だけど、この本はね」
軽い口調のまま禁書の革表紙に手を置いたエルヴァが説明を切り出した。
「無属性魔法の基本、天使の召喚に関する禁書なんだ」
無属性魔法と聞いて驚いたカイトは、素直に驚きを顔に出して聞き返した。
「え? 無属性、なんですか? 治癒魔法ではなく?」
エルヴァは右の口角だけを上げた薄い笑みを浮かべてから答えた。
「うん、そうだよ。きみって面白いオーラ出してるんだよね。量も相当だけど、質が何より面白い。ものは試しってやつさ」
異世界に来た自分の身に起きた変化が何か特別なものだという期待に、カイトは少なからず興奮したが表には出さないように気を付けながら疑問を口にした。
「無属性魔法の基本って、天使なんですか? ってことは、この世界にも再臨教が?」
「再臨教?」初めて聞く単語にエルヴァが小首を傾げる。
「それが、きみのいた世界の宗教かい?」
「あ、はい……天使という存在が出てくる宗教の中で、最も信者が多い宗教です」 「ふーん。最も多いってことは、他にもあるんだ」エルヴァの素直な疑問に応じるため、決して多くはない宗教に関する知識を辿りながらカイトは答えた。
「はい。もとをたどれば同じなのかもしれませんが……思い出すのが億劫になるぐらいの数には分かれてます。再臨教それ自体も多くの教派に分かれてますし……」
「それは何だか、ややこしそうだね」感想を口にしたエルヴァが苦笑いを浮かべるのに呼応するように、カイトも苦笑いを浮かべながらうなずいた。
「そうですね。かなりややこしいことになってます」
「まあ何にしろ、きみのいた世界にも天使は存在して、天使ってどんなものかは知ってるわけだ」カイトは漫画やアニメ、ゲームなどで触れたファンタジー要素としての天使を思い起こしながら答えた。
「そう、ですね……この世界の天使と同じなのかはまだ分からないですけど、天使って存在は俺がいた世界の物語にはよく登場するので……」
カイトの返答を聞いて軽く首肯したエルヴァは、机の上に置かれた禁書の革表紙をめくり、カイトが読めるようにページを開いてみせた。
「なら、話は早そうだ。アリシア文字でエッドア語だけど、読める?」
開かれたページに目を落としたカイトは、見たこともない文字の羅列が問題なく読めてしまった。
「……はい。読めます」
カイトが異世界の文字と言語を理解できてしまったことに驚きながらも端的に答えると、楽しげな笑みを浮かべたエルヴァは、
「よし、じゃあレクチャーと行こうか」
と子供が友達を遊びに誘うような声のトーンで次の行動を示した。
ファリーナの宗家が本拠とする本邸での歓待から明けた翌日の昼過ぎ。 カイトはファリーナ宗家が経営する病院に赴いた。ファリーナ宗家の本邸を含めレガシィ領の役所などが集まるレジアスの中心地から程近い位置に建てられた病院は、レガシィ領で最も大きな病院だという説明を受けながらカイトは歩いた。 ファリーナ宗家の執事長は当然ながら馬車を用意していたが、カイトは「街の様子を拝見したい」と理由を添えつつ丁重に断り、徒歩で病院へと向かった。 カイトに随伴するのはセリカとレオーネの二人で、揃って長身の美丈夫である二人が身に纏う純白の軍服は否応なく衆目を集めた。そんな二人を引き連れて歩を進めるカイトの姿に、レジアスの街の人々は驚きと畏敬が入り混じった視線を送った。 病院に到着したカイトを正面玄関で出迎えた初老の院長は、カイトに対し深々と頭を下げてから口を開いた。「当院の院長を務めるサンバーと申します。カイト卿の御慈悲に感謝申し上げます」「出迎え、ありがとうございます。短い滞在ではありますが、可能な限り治療に当たりたいと考えています。早速ですが、重傷の方から治療したいと思いますが……」「かしこまりました。このまま病室へ御案内いたします」 院長の案内で病室へと通されたカイトは、薬品の匂いに混じる血の鉄臭さを嗅いだ。 王都と同様の設備だった。当初のカイトの目には旧い時代のものに見えた設備だったが、今はこの世界で最新の医療設備なのだと理解していた。 なぜ治癒魔法が存在する世界でありながらドラゴンはそれを出し惜しみをするのか……カイトは胸のうちで、この世界の神たるケチなドラゴンを呪った。 病室に着くや即座に、カイトは治癒魔法での治療を始めた。 次々に重傷者を治療してゆくカイトの姿を初めて目の当たりにしたレオーネは、その感心を隠さなかった。「これぞ魔法、なんだろう……真の魔法とは、治癒魔法のことを云うんだろうな……」 レオーネの素直な感嘆に「同感だ」とセリカは短い同意を添えた。 病院に入院していた重傷の患者九名への治癒魔法での治療を終えたカイトが院長へ声を掛ける。「これで重傷者は終わりましたか?」「はい。命に関わる者は以上です」「子供の入院患者はいますか?」「数名おります」「では、その病室に案内してもらってもよろしいですか?」「もちろんです。こちらです
乾杯を済ませた八人の前には、彩り豊かな料理が次々と饗された。 レジアスの特産である様々な海鮮を多用した料理に各々が舌鼓を打ちつつ歓談する中で、この席での本題を切り出したのはアルシオーネだった。「異世界から召喚されてからのおよそ十ヶ月。カイト卿は就任した直後より我らトワゾンドール魔道士団の首席としての責を全うされておられます。それを踏まえた上で、敢えて問います。卿は実父であるダイキ卿のことを、どのように捉えておられますか」 アルシオーネの問い掛けは晩餐の席につく皆の手をピタッと止めたが、カイトだけは手を止めることもなく即座に返答した。「裏切り者です」 避けられない問いだと覚悟していたカイトが、前もって用意していた答えは単純だからこそ明確なものだった。「重ねて問います。裏切りに対する、断罪の意思はお有りですか」 続くアルシオーネの問いにも、カイトは「もちろんです」と短く即答した。「実の父親であっても、そこに躊躇はないと?」「父親だからこそ、です。既にラブリュス魔道士団の第13席次という立場にある父を、表立って非難できるのは実の息子である俺しかいないでしょうから」 第三席次を背負う深紅の強い眼光から目をそらさず答えたカイトに対し、アルシオーネは深い首肯を返した。「そうですか。カイト卿の御覚悟を聞くことが叶い安堵しました。御存知かと思いますが……先のペアホース防衛戦において、我がファリーナ家の分家に当たるマルティン家の、フォレスターとインプレッサの親子は戦死しています」「はい。聞きいています」「インプレッサと私は同い年で、魔道士官学校でも同期でした。父であるフォレスター譲りの勇猛さと、周りを明るくする明朗さを併せ持つ、気持ちの良い男でした……もし赦されるなら、私の手で仇を討ちたいという思いは捨て切れません」「……アルシオーネ卿のお気持ちは、しかと受け取りました。俺の首席としての役目は、第一に戦争を回避することであると認識していますが、同時にセナート帝国との衝突は不可避であるとも俺は認識しています。その際にはアルシオーネ卿の力を遺憾なく発揮していただきたいと、俺個人は思っています」 カイトの言葉を聞いたアルシオーネの、深紅の眼光が鋭さを増す。「衝突は不可避、ですか」「はい。セナート帝国はいずれ攻めてくるでしょう。地政学からいってもミズガル
「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」 握手に応じたストーリアの緊張を和らげるように、アルシオーネは穏やかな口調で応じた。「私に緊張する必要はありませんよ。女性同士のほうが口にしやすいこともあるでしょう。滞在中の用向きは遠慮なく私に仰ってください」「恐れ入ります」 頭を下げるストーリアの前へ進み出たレオーネは、膝を折ってストーリアの右手をそっと取った。「レオーネ・ファリーナと申します。お見知り置き願います」「ストーリア・アナンと申します。お目もじが叶い光栄です」「レジアスに滞在される間の護衛には私が当たりますので、どうか安心してレジアスでの滞在を楽しんでください」「はい。ありがとうございます」 レオーネの挨拶をストーリアの背後で聞いていたセリカは、軽口にも近い気楽な口調でレオーネへ声を掛けた。「ストーリア殿の護衛なら間に合ってるよ」 セリカの声に反応したレオーネは、にやりと笑みを浮かべて立ち上がった。「元気そうだな、セリカ。アルテッツァ卿とは変わらずか?」「ああ。レオーネこそ相変わらずのようだ」「久々に酌み交わすのが待てなくて、店はもう用意してある」「それは重畳。私も肴になる話はたっぷり用意してある」「そうか。それは一層楽しみだ」 打ち解けたやり取りをみせるセリカとレオーネの様子にストーリアがきょとんとしていると、セリカがストーリアへの説明を口にした。「レオーネと私は、王都の魔道士官学校で同期だったんです」「ああ、そうなのですね」 ストーリアが納得を声に込めて答えたタイミングで、アルシオーネが女性としては低く落ち着いており良く通る声で「さて」と会話を次へ進めた。「立ち話はこれぐらいにして、続きはワインでのどを潤してからとしましょう。本邸へ御案内します」 港の中央に位置するファリーナ家専用の車寄せには、ファリーナの権勢を誇示するようにきらびやかな3輛の屋根付き二頭立ての四輪馬車が並んで待機していた。 アルシオーネとレオーネ、カイトとストーリア、セリカとピリカが各々分乗する形で馬車へ乗り込み、オリムパス号のクルーがそれぞれの荷物を馬車へと運び入れた。 カイトらのレジアスでの滞在予定は一週間であり、その間はオリムパス号も逗留するとあってクルーたちの表情は揃って上機嫌なものだった。 荷物を積み込み終えた若
挙式から約半月が経過した7月2日。カイトとストーリアは新婚旅行へと出立した。 ミズガルズ王国にとって戦略的に重要なチョークポイントである、南西に位置するペアホース海峡と北東に位置するラペルーズ海峡への視察を兼ねたものだったが、半ば職務への随行となったことにストーリアが不平を漏らすことはなかった。 新郎新婦の護衛として随行したのは、セリカとピリカの二人だった。 ペアホース海峡へと向かう四人が乗り込んだのは、カイトとセリカにとっては見覚えのある客船だった。「このオリムパス号が、お二人の新婚旅行に花を添えることをお約束しましょう」 恰幅のいい船長は満面の笑みで、乗船したカイトへの歓待の意を示した。「シルバラード船長の船にまた乗れるなんて、俺は幸運ですね」 カイトも笑みで応じてシルバラードとの握手を交わした。「幸運なのは私どものほうですよ。カイト卿の乗船にクルーの意気も上がっております」「それはありがたいです。よろしくお願いします」 頭を下げるカイトの姿に触れたシルバラードが、ガハハと豪快に笑う。「腰が低いのは相変わらずのようですな。前回のように、クルーにも声を掛けてやってください。大喜びしますので」「はい。そうさせてもらいます」 オリムパス号は予定時刻の正午に鳴る時の鐘に汽笛を重ね、最初の目的地となるペアホース海峡に接するレガシィ領のレジアス港へ向けて出港した。 レガシィ領はミズガルズ王国の西端に位置しており、日本列島に似た地形であるミズガルズ列島の西、日本で言えば九州に相当するエリアだった。 御三家と呼ばれる有力貴族の中でも最大の勢力を誇るファリーナ家が治める地で、国土の西を広範囲に抑えるファリーナ家は鎮西家とも呼ばれていた。 ストーリアの生家であるカストリオタ家はファリーナ家の分家に当たり、その領地は日本で言えば四国に相当するエリアの一部だった。 レジアス港はミズガルズ王国にとって最重要に位置付けられる港湾であり、港湾都市であるレジアスは太古からアフラシア大陸との交易の中心であって、今の王室が成立する以前から外交を担っていた長い歴史を有する古都でもあった。 歴史的な背景もあって独立性の高い気風が根差しており、ファリーナ家はその気風を支える精神的な支柱としても機能していた。 王都のプログレ港を出港したオリムパス号が、レジアス港へ
晴れて夫婦となったカイトとストーリアが、結婚を機に延び延びとなっていた引っ越しを披露宴前日までに済ませた二人の新居へと戻ったのは、6月の太陽がすっかり沈んだ頃合いだった。 サイオン公爵としてサイオン領を拝領しているカイトではあったが、筆頭魔道士の首席魔道士としての職務を優先させ、王宮からほど近い位置にある王都の中でも有力な貴族の所有する屋敷の建ち並ぶエリアが二人の新居として選ばれた。 御三家の中でも王都に最も多くの土地を所有するガンディーニ家の所有していた屋敷を王室が買い取り、改装された屋敷は公爵でもあるカイトが構える屋敷としては最小限の大きさに抑えられた。 カイトの希望を宰相セルシオが聞き入れた結果として選ばれた小振りな屋敷は、ストーリアの希望もあってそこで働く使用人も最小限に抑えられた。 使用人の面談などはストーリアがすべて行い、それがストーリアにとってサイオン公爵夫人としての最初の仕事となった。 主である二人の帰宅を待っていた使用人たちにストーリアが本日の業務終了を告げてから、食堂へと移動したカイトとストーリアは互いにどこか落ち着かなかった。「なにか飲まれますか?」「ああ、そうだね……いや、自分で淹れるよ」「では、わたしは湯浴みしてまいります」「うん……」 食堂に残ったカイトは酔い醒ましのハーブティーを淹れることにした。 何か体を動かしていないと落ち着かない自分を少し情けなくも思ったが、初夜を前にして湯浴みしている妻を悠々と待っているだけの胆力など今の自分にはないとカイトは自認していた。 カイトが食堂でハーブティーを飲んでいると、湯浴みを終えたストーリアがシルクの寝衣で現れた。 頬をかすかに上気させたストーリアが、カイトの目にはやけに艶めかしく映った。「カイト様も湯浴みなさいますか?」「あ、ああ、うん。そうするよ……そうだ、ストーリアにお願いがあるんだけど」「なんでしょうか?」「俺に対しての敬語はもう無しにしない?」 カイトの提案を聞いたストーリアが右手の人差し指を頬にあて、少し迷った顔を作ってみせる。「そうですね。努力してみますが、すぐには難しいです」「そうか。うん、分かった。おいおいだね。じゃあ、湯浴みしてくるよ……あ、もう一つだけお願いがあって……」「なんでしょう?」「これからは寝るときに香水はつけないで欲
激動の聖暦1890年に、青葉の薫りを運ぶ爽やかな風が吹き抜ける6月の15日。 カイト・アナンとストーリア・カストリオタ両人の挙式がレザレクション大聖堂で執り行われた。 6月中の挙式という新郎新婦の希望を尊重した宰相セルシオの配慮により、ミズガルズ王国の筆頭魔道士団の首席魔道士であり王配直系の公爵でもあるカイトの結婚式としては、異例の短い準備と告知の期間による挙式と披露宴となった。 天候に恵まれた日曜日の大聖堂には、王国の英雄として人気を博すカイトの結婚を祝うため多くの人々が朝から詰めかけていた。 当初、カイトは結婚式を家族を中心とした小規模なものに出来ないかと希望を伝えてみたが、それはセルシオによって即座に却下された。「我が国の首席魔道士であり、対外的にも最重要人物である卿の挙式は、国家行事に等しいものです」 セルシオの言葉は真っ当なもので、ストーリアも同様の理解を示したため、カイトは宰相の決定を受け入れざるを得なかった。 カイトの結婚に際しては王家の中で一悶着もあった。 王配であるケンゾーの孫に当たるカイトの結婚相手は、タンドラ王太子の長女であるヴェルデ王女というのが半ば暗黙の了解として、王家全体の意向となっていたのが原因だった。 カイトをテルスへと召喚した術式を構築したヴェルデ本人も、自身がカイトの妻となるのは当然だと認識していた。 女王セルリアンとケンゾーの長子であるタンドラ王太子はカイトに対し、ヴェルデを正妻としてストーリアは公妾、いわゆる側室という形で迎え入れてはどうかと、二人きりでの面談の席を設けて提案をした。 カイトはその席での返答は保留し、ケンゾーとセルリアンにストーリアを本妻とするための協力を申し出た。 ケンゾーはすんなり快諾し、セルリアンも王太子側との関係を憂慮しつつも了承した。 タンドラ王太子も女王の意向とあっては表立っての反対は取れず、カイトがストーリアを本妻として迎え入れる結婚を阻止することを断念した。「あなたはストーリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」 大司教からの誓約の問い掛けに答えたカイトとストーリアは、観衆から送られる祝福の声に応えつつ儀装馬車へ乗り込み、披
冷静沈着を地で行くインテンサですらその驚きを隠しきれない「終末兵器」という、この世界には未だ存在しない定義へと会話が進むことを予期していたように薄い笑みを浮かべるシーマがおもむろに口を開いた。「我々魔道士が、その悲惨な未来を変えなくてはならない。時代という大きな流れを変えることが適うのは魔道士のみ。そして、その流れを変えるのは今、この時であるべきなのだ。テルスと酷似した世界での未来を見ているカイト卿とダイキ卿の存在はこのテルスを、我ら神祖の流れを汲む魔道士たちの手で変えてみせよというドラゴンの意思に他ならない」 シーマが放つ言葉の力が増していると感じたカイトは、首肯してしまいそうになる
返答に窮するカイトへ助け船を出したのは、乾杯を済ませた後は表情を動かすこともなく寡黙に料理を口へ運ぶだけに専念していたインテンサだった。「シーマ陛下。戯れは、その程度になさるがよろしいでしょう」 インテンサの良く通るバリトンボイスがシーマに向けられるが、シーマの微笑が崩れることはなかった。「インテンサ卿。卿には戯れに聞こえたかもしれんが、ヴァルキュリャ卿とトゥアタラ卿にとってはそうでもないようだ」「であるなら実に嘆かわしい。我ら魔道士から忠誠を除いてしまえば、残るのは暴力のみ」「そんなに悲しい存在かね、魔道士とは」 微笑を浮かべたままのシーマが問いを向けると、インテンサは毅然た
四歳で魔道顕現発達を終えた時点での類を見ない魔力量を見込まれて、名家として知られたアルティベリス家へ養子として入った孤児という出自でありながら、グロリアやフーガといった同世代の優秀な魔道士を纏め上げ、二十四歳で帝位を簒奪すると大国ではなかったセナート帝国を大陸で覇権を握る大帝国にまで拡大させた皇帝シーマが主催する晩餐会の当日。 十二月十日の帝都マスクヴァは厚い雲に空を覆われていた。 夕刻には祝賀晩餐会の開始に合わせて、迎賓館の車寄せへとゲストを乗せた煌びやかな馬車が続々と乗り入れた。 ゲストであるトゥアタラとヴァルキュリャ、ゲルマニア帝国の首席魔道士であるインテンサ、ガリア共和国の首
翌日の早朝、カイトが宿泊する寝室を一通の封筒を手にした迎賓館の職員が訪れた。「朝の早い時間に申し訳ございません。至急の封書と思われましたので、失礼を押してお届けにあがりました」 寝間着のまま応じたカイトに対し、壮齢の落ち着いた男性職員は深々と頭を下げてから用件を続けて口にした。「閣下へ宛てた封書の署名は、ダイキ卿となっております」 男性職員の伝えた名前にカイトは目を丸くした。「父さ……ダイキ卿からの手紙ですか。分かりました。ありがとうございます」 一気に目が覚めたカイトは、男性職員への礼を添えながら薄い封筒を受け取った。 深い会釈を残して男性職員が去ると、ドアを閉めて一度深呼







